恋愛は鑑賞するにかぎるぜ

これよんで、わたしは種村有菜世代ではないけれど、恋愛への他人事感というのはすっごくわかる。
「少女漫画脳だから恋愛に興味が持てない」(あるいは神風怪盗ジャンヌの背中) – インターネットもぐもぐ

わたしよく「イケメンを遠くから見ていたい」とかいうんだけど、イケメンは鑑賞の対象であって、恋愛の対象ではないんだよな。私は少女漫画大好きだからこれは少女漫画脳というのかもしれないけど、少女漫画あんまり読まないひとでも、芸能人とか俳優さんとかに対して「恋人になりたい」じゃなく「鑑賞したい」とか、つきあいたいからアイドルおっかけするとかではなく女友達と一緒にアイドルのファンをしていたい、っていう人いると思うんだ。

ついったーに昔かいたんだけど、「究極をいうと、私はわたしを好きにならない男が好き」っていうのも、それ。
恋愛を自分の体験としたいわけではなく、鑑賞のものとしたい。

そして鑑賞する恋愛はハードであることが望ましいのである!
エマを読んだりしたときも、「面白いけど少女漫画好きには不幸感が足りない」とか言っていたし、最近だと、異国迷路のクロワーゼ見てこういうことゆってますね。

これの延長(ハードな障害がある恋愛という意味)でBLとか好きなの?とかいわれると、近いようで遠いんだけど、ちょっと別のはなしかなー。恋愛を鑑賞したい、という意味ではBLもあてはまるけど。

ドラマとか見ても、役を演じているイケメン俳優さんを好きにはなるけど、演じていないときは別にすきじゃない、というのがあるだけど、そういうのも関係あるかも?
例えば、タイガーアンドドラゴンの竜ちゃんは大好きなんだけど、岡田准一は別に好きじゃない。テニミュの忍足は好きだけど、斉藤工も秋山真太郎も別に…みたいな。(いやまぁ斉藤工は別の意味で目が離せない存在というかそういうのはありますけどー)

あと、乙女ゲームが好きじゃない。少女漫画が好きなのに、乙女ゲームはダメって、それはなぜか?
プレイヤーである私は「鉄壁の美少女」を操作することになるからです(;´Д`)
成績優秀で友達もたくさんいてみんなに好かれていてヘマしてもすぐ助けて貰えるすごくカワイイおんなのこ。
それは少女漫画も同じなんですが、乙女ゲームは私とは似てもにつかない完璧すぎる美少女を操作しないといけない。
わたしが選択肢を選んでも、美少女は私がかんがえているのとはまったく別の受け答えをするんです。
そしてゲームのなかの美少年と恋に落ちる。わけがわからない!(;´Д`)
主人公の美少女と自分とを切り離せばいいんだろうけど、操作という作業のせいでどうしても切り離せない、となると、どこに自分の感情をもってきていいかわからなくなってしまう。
私の意志が入ってしまうため、別世界として楽しめない。
たから、乙女ゲームが原作のコミックとかアニメとかは楽しめる。そこにゲーム性というか私の選択がはいっちゃうとだめ(;´Д`)わたしが文字をよんでいくゲームが苦手というのもあるけどね。
乙女ゲームはリアルでも恋愛を楽しめるひとが、二次元欲を満たすものなんだろうなーと思う。

ぐだぐだかいたけどだからまぁその、恋愛を他人事のようにとらえて興味を持てないという感覚は、べつに少女漫画脳に限らずあるんじゃないか、と。
白馬の王子様みたいなのを現実に求めてしまうような人は、現実みてないというか社会経験があまりないだけの人だしな。

学生のころ、女友達で恋の話をするのが嫌だったなー。人の話をきくのはいいんだけど、共感できないし、イチャイチャ話をうらやましいなとも思えないし、たいして面白くないし、わらい。
高校のときは周りがアホ友達ばっかりだったから、彼氏の話もバカ話がおおくて楽しかったけど。
大人たちに「いつか好きな人ができるよ」とか言われるのも嫌だったなー、「好きな人をつくらないとダメ」感がすごくて。べつに恋愛に興味もてなくてもいい、人間は恋をしないとダメみたいな観念があるけど恋愛は人生に必須なわけではない、ということに気づくのに私もこの歳までかかったし、一生しなくても人間として足りないことはないしそれでいいんだよねー。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。